クモというと、糸の使い手として誰もが知る身近な生物で、不当にも不気味で恐ろしいイメージが先行しているが、実際は糸がなければ生きていけない非常に臆病で繊細な生物である。一方で、クモは昆虫食性で個体数が非常に多く、昆虫の個体数抑制という点で生態系における役割は非常に大きい。そんな昆虫にとって忌まわしい天敵を、あえて獲物に選んだ昆虫として、クモヒメバチというクモ専門の寄生バチがいる。本書では、クモヒメバチが進化の過程でクモを利用するために獲得してきたであろう様々な対クモ専用の適応にスポットし、著者がフィールドや室内実験で解き明かしてきた研究成果を中心に、その巧みな戦略についてわかりやすくまとめた。
例えば、捕食者であるクモにどのように産卵するのか、一個体のクモに対し寄生が重複したらどうするのか、ハチ幼虫はロデオのようにクモを生かしたままその外側に寄生するが、どのようにして付着を成立させているのか、などである。中でも、最近著者によって発表され世界中で報道されたハチ幼虫によるクモの行動操作についても研究の経緯を含めて詳説されており、読み所の一つとなっている。
本書は、クモヒメバチという特異な生物の話だけではなく、寄生バチやクモの進化史についても詳しくまとめられており、学術的な教科書としての側面もある。また、学生から研究者に至る経緯や論文が発表される過程、日本人から見た科学における英語の位置づけなどについても言及されており、これから生物学を志す若い人たちにとっても有益な内容が多数含まれている。
農学研究科・研究員 髙須賀 圭三